築地魚は江戸時代初期(1603年~)に徳川家康と呼ばれる人が、江戸城内の食料を支えるため、大阪の漁師たちを呼び、江戸湾で漁業を始めさせました。幕府に対し提供した食料のあまりを、日本橋周辺で売るようになったのが市場の始まりだと言われていますキラキラ(つまり最初から「築地駅」に市場があったわけではないようです!)今でも日本橋にはその記念碑があるようです音符

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写真は:http://www.tsukiji-market.or.jp/youkoso/konjyaku/konjyaku.htm より

しかし市場は1923年9月(大正12年)に関東大震災により、全てが火事で焼けてしまいます・・炎日本橋の魚市場はここでクローズしてしまいます。

その直後に仮説市場が芝浦に登場します。(ここも新橋の近く!)しかし「狭すぎる」や「アクセスがしにくい」との声が多くあがりましたダッシュそのため市場移転を東京都が考え始めます。海軍省の土地であった築地を借りて、そこへ移転することとなりました!ロケットこれが起きたのは1935年2月のことであり、これが現在の魚東京中央卸売市場魚、(別名:築地市場)の始まりとのことです。広さは22万㎡ですクラッカー

1941年の12月には太平洋戦争が始まってしまい、食料は配給統制となってしまうので、この戦争が終わったあともしばらくは築地市場はその昨日を一旦失ってしまいました・・・ショック

しかし1950年には物資の統制が解除走るされ、また築地市場は復活しますキラキラ